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福井準造

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福井準造
职业商人政治人物 编辑维基数据

福井準造(日语:福井 準造ふくい じゅんぞう Fukui Jyunzō */?,1871年11月3日—1937年12月10日[1])是日本众议院议员,所属政党为立憲政友會。名字有时亦记作準三[2]

经历

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福井準造是相模國大住郡小嶺村日语豊田村 (神奈川県中郡)(現神奈川縣平塚市)代代担任里正組頭日语組頭的福井家的福井直吉日语福井直吉的长子[2][3][4]。1891年(明治24年)从慶應義塾大學卒業[1]。由于关心社会问题,在担任神奈川县农业协会副会长期间,他受農商務省委托对神奈川县的工厂和工人展开研究。[5]

福井準造本人并非社会主义者,不过他于1899年(明治32年)出版的《近世社会主義》是日本最早介绍社会主义的文献。[3]郭沫若表示,该书于1913年被译成中文,是最早将卡尔·马克思弗里德里希·恩格斯的思想介绍到中国的书籍。[6][3]

1908年(明治41年),竞选第10届众议院议员日语第10回衆議院議員総選挙并当选。 1912年成功補選。其间,担任法务大臣松田正久日语松田正久秘書官日语秘書官

此后,先后担任小林毛皮贸易株式会社董事、东京大米商品交易所董事总经理、日本轮工株式会社监事、日本仓库株式会社董事。[4]

著作

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  • 《近世社会主義》(1899年,有斐閣)

家庭

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注释

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  1. ^ 1.0 1.1 『衆議院議員名鑑』
  2. ^ 2.0 2.1 『神奈川県史 別編1』625頁
  3. ^ 3.0 3.1 3.2 松田, 隆行. 福井準造の思想的原点:日清戦後の「知識人」 とナショナリズム・社会主義・農業. 近代日本研究. 1997, 14: 1–30. 
  4. ^ 4.0 4.1 『人事興信録 第9版』
  5. ^ 『慶応義塾出身名流列伝』pp.665-666
  6. ^ 郭沫若、南原繁(対談)中央公論1956年2月(劉徳有、村山孚訳『郭沫若 日本の旅』サイマル出版界1992)

参考文献

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  • 三田商業研究会. 慶応義塾出身名流列伝. 実業之世界社. 1909. 
  • 人事興信所編. 人事興信録 第3版. 人事興信所. 1912. 
  • 人事興信所編. 人事興信録 第9版. 人事興信所. 1931. 
  • 衆議院・参議院編. 議会制度七十年史 衆議院議員名鑑. 大蔵省印刷局. 1962. 
  • 神奈川県県民部県史編集室編『神奈川県史 別編1』人物 : 神奈川県歴史人名事典、神奈川県、1983年